子供たちへ仲のいい兄弟姉妹を育てる術を教えておかなければいけない
~ 一人っ子の増えた現代だからこそ
(2013.11.18)
『子育ての秘伝 – 立腰と躾の三原則』(石橋富知子)は、森信三氏に師事された園長が福岡でやられている保育園について書かれた本です(詳しくは右写真クリック)。
この本は、毎日日の丸を掲揚したり、立腰教育(右写真)や躾の三原則など、ここでも紹介の森信三先生の教育理念を最も忠実に実践されている同保育園の教育方針などについて詳しく書かれています。乳幼児をお抱えの皆様は勿論、幼児教育に携われてる方々にも大変ためになる内容だと思いますよ。
この本で私の目を引いたのが、中でも兄弟の叱り方について。
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【兄弟(姉妹)喧嘩は下の子を叱る】
家庭でよく見かけるのは、親が無意識に下の子をかわいがることです。意外と上の子を我慢させています。それに気づいてください。兄弟喧嘩をしたら、下の子を叱るのが原則です。
それを聞いたおにいちゃんは、しまった、自分が先に手を出した。なのに—-下の子が怒られた—-となると、親のいないところで下の子をかわいがります。しまったという気持の反省をお兄ちゃんがするわけです。
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私自身、幼い頃からいつも妹だけが可愛がられてるよう感じてたりで、同じような思いされてた方たくさんおられると思います。そのせいで下への嫉妬心のようなものが生まれてしまっていたわけですが、私自身もしも複数の子がいたら、きっと同じように上の者へ厳しく当たったであろうことを考えると、これにはハッとさせられました。この本の叱り方だと決してそういう事態に陥ることはないでしょうね。もちろん、あまり下ばかり叱っても今度は逆に下の者が兄姉を妬んでしまうでしょうから、バランスには注意。
それと公園とかで親子連れを見ていると、弟や妹が、お兄ちゃんに対して「〇〇君」とか「〇〇」等の呼び捨てにしてることが最近やたら多いんですね。私の世代では本来、考えられないことなのですが、それを親も注意しないし、そういうのに違和感覚えない人たちってのは、既に終わってるようにも感じてしまいます。本来頼りになるべきお兄ちゃんへの敬意がまるで感じられない。既に上の者の責任感や下の者の忠義心など、どうなっていくか、将来のギクシャクした兄弟関係が見えてしまってるんですね。下の者には目上を敬う気持(上を立てる)、上の者には目下の者をいたわる気持ちを植え付けることが、とっても大事。どっちか一つだけでも絶対にダメなんです。夫婦親子関係も似たようなもの(お父さんを立てることで、すべてが秩序だっていい方向にいくんです)。
最後に、この映画が強烈に心象に残ってる方は意外と多い気もするのですが、先に紹介していた『天使の詩』(詳しくは右写真クリック)。これは親子で見る価値も、とてもある映画だと思いますよ ^▽^)
映画 『天使の詩』(1966) 予告編 監督:ルイジ・コメンチーニ
出演:アンソニー・クェイル、ジョン・シャープ 、ステファノ・コラグランデ
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(2012.3.19)
いつもご来訪、皆様からのいろいろなコメント、誠にありがとうございます。
天の岩戸のエピソードにおけるアマテラスに対するスサノオのひねくれぶり、そして兄弟殺しにまで至った聖書のカインとアベルのケースのように、兄弟姉妹仲というのは諸刃の剣であり、強力な仲間意識が育まれることもあれば、生涯に及ぶ致命的な欠陥・対立を生む原因になりかねないリスクと裏腹にあります。
私自身、決して親が好きではなかったし、兄弟(姉妹)仲も悪いです。
兄弟姉妹の不仲は当然ながら一生を左右する事態になっていくし、親が放っといては絶対に解決することはありません。兄弟の仲違いというのは、すべて親にかかっていて、アマテラスとスサノオやカインとアベルに対して、その親が間違った扱いさえしていなければあんな風にはならず、もっとそれぞれうまくやっていけたに違いない・・・私はそう考えてます。兄弟仲というのは、その殆どが親の手腕にかかっていて、それが不仲なら解決出来るのは親しかいないと思ってます。いがみ合ってる部下たちをまとめられるのが、そこのリーダーしかいないのと同じです。
だから家庭にだって長(リーダー)が必要なわけで、みんな平等で長がいないなら家族がいがみあうだけになるし、お父さんの言うことを聞かないようなお母さんがいては、子供にロクな影響を及ぼさないことがわかりきってます。兄弟仲にも夫婦仲にも家庭内で一定の秩序が出来上がっていないといけません。
しかも今は少子化で一人っ子が非常に多い。私の子も一人っ子だし、だからこそ息子が子供を持った時、それぞれの子供たちにどんな風に接し、その子供たちがいがみ合わないで公平感(平等感とは違います)を持ったまま育っていけるようするための術を息子にどう伝えておくか、私はずっと前から考えています。複数の子供がいる場合の育て方を子供に教えておかないと(兄弟がいればそれぞれに正しい接し方をしてればそれだけで子供は自然と覚えていけるものなのですが)、子供は子育てに失敗する可能性が高いからです。お子さんが一人しかいないところは、今日のようなテーマ、ぜひ心に刻み込んだ上で子育てに励んでいくべきでしょう。
カインとアベルの悲劇は、神様がちょっと気を使っていれば防げた
聖書のカインとアベルの話をご存じの方は多いでしょう。弟 アベルは神の祝福を受けられたが、兄 カインは受けられなかった。それでカインは弟に嫉妬してアベルを殺してしまった・・・
でも実際に話を見たり読んだりした人からすると、カインの方に同情的になられた方、非常に多いのではないでしょうか? 私自身、アベルを殺したのは行き過ぎでも、カインが腹を立てたのは当然に思えます。
聖書では、カインが神の怒りを買って祝福を受けられなかったという風になってますが、私の捉え方は違います。私は聖書のさまざまな話は大好きですが、クリスチャンでないのでその解釈の仕方は非常に自由奔放。つまり、このカインとアベルのエピソード、基本的に兄弟仲を最悪にした失敗例だと見なしています。
聖書では兄 カインが怒りを買ったのは主(神)からとされてますが、神がどうこうと言いだすとクリスチャンでない一般人には非常にわかりにくくなってしまう。しかし、この主(神)を父親(アダム)に置き換えて考えれば話がすごくシックリいくんです。聖書では、主(神)からカインが祝福を得られなかったことが発端のように書かれてますが、実際のところは、父親のアダムからぞんざいに扱われたからだと思ってます。
キリスト教における「主(神)」、ご存じの方多いでしょうが男性的な父親のイメージに非常に近く、主を父親として置き換えれば、すごくリアリティーある説得力持った話になるものが、聖書には実に多いんです。そういう親兄弟仲に関する話を、「父親」よりも神聖な「主(神)」の意志だと置き換えて書いていき、何とかメッセージを後世に伝えていこうと聖書を作成した古代人が発想するのは、ごく自然なことに思います。
しかも神は弟を殺してしまったカインを楽園エデンから追放しますが、その時も行った先で迫害を受けることのないよう、アダムの子だとわかるよう、カインの額に刻印までつけてくれます。こういうところに、カインへ辛く当たりすぎたせいで殺人事件まで引き起こしてしまった原因、その一端は自分にもあるという、神自身の反省の念が私には伺えるんです。
「神が反省なんかするか!」と思われるかもしれませんが、キリスト教の神はとっても人間的な神だし、実際は神というより父親的な反省の念に思えてなりません。だから、弟 アベルを殺してしまったカインにここまで優しく温情ある措置をとったのでしょう。こういうことするのも正に父親ならではですよね。次男を殺したとはいえ、残るたった一人のわが子を葬り去るわけにはいかない。しかしこのまま一緒に住み続けることも到底できない。出てってもらうしかないが、その後も何とか息子を守ってやらねば・・・そういう父親的な神様の苦渋の思いが私にはヒシヒシと伝わってきます。
カインとアベルのエピソード、兄弟姉妹のいる方だと、きっと現実感を持って接してられますよね。自分が上にいるか下にいるかで、話の受け取り方もかなり違ってくるものと思います。私としてはあの話でカインが怒ったのは当たり前のように感じました。神様の当初の扱い方があまりにカインを蔑んでるよう感じられたし、カインが可哀そう、ちょっとひどいな思いました。だからといってアベルを殺してまでいいことには全くなりませんが。
つまりは、カインとアベルの確執、不仲の原因は、カインが主(神)からの扱いに怒ったからとされてますが、実際は父親からの扱いに原因があったんだろう・・・そんな風に私は考えてるわけです。だからカインとアベルの仲違いの責任、当然ながら、その親にあったんだと。
カインとアベル兄弟の扱いに、必ずしも父親が公平感を持って接していなかった、すべての原因はそこにあると考えてます。
では、このケースでカインが殺人するまでに至らなかったであろう、カインに対するまっとうな戒め方。カインが供えたものを単に吹き飛ばして神の怒りを示すだけではカインもワケがわからない。だから、「おい、こら。もうちょっと丁寧にやれ! 新しい穀物を供えろ! 量をケチるな! やりなおせ!」、せめてこんな風にもうちょっとだけでも気を使って、どこがどう間違ってるのかを神様(父親)が具体的にカインに対して示してやっていたなら、あんな大惨事には絶対至らなかったと思います。弟 アベルに兄 カインがコケにされてるのを見たなら、「おい、こら! アベル、口を慎め!」、こんな風に神様(父親)としてアベルにも逆鱗を示して兄を立てることをシッカリ教え込んでいれば、カインだってアベルにあそこまで嫉妬することもなかったでしょう。
これは日本神話におけるアマテラスとスサノオの確執にも当てはまります。もしもイザナギがアマテラスでなく男のツクヨミを高天原の統治者に置いていたら、スサノオはあれほどおかしな奇行、蛮行をなすこともなく、普通に成長していったのではないでしょうか。スサノオの悪辣ぶりは、イザナギが女のアマテラスを一番上に置いてしまったところに端を発してるように私は感じます。だからといってそれも神の意志であり、父親のイザナギを責めてもしょうがないでしょう(日本神話ではイザナギもアマテラスもスサノオも神様ですが)。すべては運命なんです。でもそういう兄弟姉妹の諍いを可能な限り封じ込め、子供たちに良好な兄弟仲を保ち得る術の大きなヒント、あるいはそのすべてとも言えるほどのことが、聖書のカインとアベル、日本のアマテラスとスサノオ、あるいは海幸彦・山幸彦はじめとする兄弟絡みのエピソードには秘められているわけで、そのことを皆さんには感じ取っていただきたいものです。
孫子たちの兄弟仲を最悪にしてしまわないための心得
ただ一人のわが子にも、あれらのお話をヒントに、息子が複数の子を持った時のため、その子たちが良好な兄弟姉妹関係を構築していけるよう、聖書や日本神話の話を基盤に教え込んでおかなければならないと思ってます。
特に私と同じように、お子様が一人っ子の方は、その子が子供たちを育てていくことになった時、戸惑わないよう、健全な兄弟姉妹仲を保たせる術を叩きこんでおかなければ、次世代には家族破綻しかねない。冗談や脅しで言ってるのではありません。このことを念頭に置き、真剣に今から考えておくべきでしょう。他を批判する前に親として自らやっておかねばならないことなんて、山ほどありますからね。
兄弟の破綻を描いた映画には、ジェームス・ディーンの出世作でその名も『エデンの東』(1955)という有名な作品がありますが、昔、私が見たものに『天使の詩』(1966・詳しくは右写真クリック)という幼い兄弟を描いたイタリア映画があります。この映画が私はとっても好きで、母親が死んで残された兄弟の父親が、8歳の兄 アンドレアには「兄だから弟には優しくしてお母さんが死んだことも4歳の弟 ミーロには言うな」とか非常に厳しく過酷なことを言いつけるが、弟 ミーロに接する父親の態度はアンドレアへのものと違って非常に優しく見えてしまう。やがて兄弟に事故が起こり、弟を助けるためわが身を忘れてとった行動によって兄 アンドレアは・・・
子供の頃どっかの旅行先で最初は見た映画なのですが、その印象が忘れられず、私にとってあまりに思い入れの強い映画で、兄のアンドレアの痛々しさ、書いてるだけで涙がこぼれそうになってきます。
私自身が上で、私に対する親の態度というものが子供の頃から妹へのそれと比べて非常に冷酷に感じられていたことから、この兄の気持ちが痛いほどわかったし、その感情移入には並々ならぬものがありました。同じように兄や姉として特に上に位置していた方だと、この映画で私と同じ風に感じた方、きっとたくさんおられることでしょう。逆に下のポジションにいる方だと感じることも変わってくるのかもしれませんが・・・
映画『天地創造』よりカインとアベル(米伊合作・詳しくは右画像クリック)
The Bible: in the Beginning (1966)
その後、カインが行った先にも人がいて、そこで妻子をもうけてはカインの末裔として子孫が繁栄していったという話が続くわけですが、カインが降り立った地にまた別の人たちがいた・・・これ見た時、「あれっ? 他にも人がいたのかよ!?」って疑問を感じた方、私と同じようにきっとたくさんおられることでしょう。
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◆天照大神が女神だからと女系天皇を主張するノーナシ左翼を一網打尽に論破、撃沈さす! ~ 男系継承を堅持したアマテラスとスサノオの子供たち
◆“奥さん”と“ダンナ” 乱れる日本語 ~ 正統派なら“主人”と“家内”
◆1970年代後半から男を呼び捨て子供番組による男女平等精神侵略 ~ 日本人なら、女が男を呼び捨てにしてはいけません
◆“美人は得”のウソ ~ “カツマー”、“アムラー” バカ女の総称と思え! 共通するのは自己犠牲精神のなさ
◆ただし、博愛的な行動は破滅をもたらします ~ まずは足元を守ってください
◆放射能は確かに危険だが、あんまり子供の命や健康にこだわりすぎるのは
◆わが子をセメント詰めにして捨てた母親の事件について思うこと ~ 自分や子供たちが愚かな親になってしまわないために
◆鼻っぱしらが強い女は引っぱたかれて当たり前ぐらいにならないとね ~ 『妖怪人間ベム』に見る日本の家族愛
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◆女が自分のため好き勝手やりだしたら、男にとって守るべきものも守るべき国もなくなってしまいます!