日本の面影

Glimpses of Japan
失われる日本人の精神性に、将来を憂う  リンクフリー

新型コロナ騒ぎの嘘っぱちに気づいてきた世界の人々と、全国民マスク奴隷化していく日本

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(2020.8.18)
追加。 スペインでもコロナ対策強制への大規模抗議デモ起きました!
記事では数百人となってるけど、写真はどう見ても数千人から数万人。
世界の人々は続々と壮大なコロナ詐欺に気づいきています。いつまでも奴隷マスクつけたアホン人のままでいるな!

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「ウイルスは存在しない!」 スペイン首都でコロナ抗議デモ2020.8.17 AFP
「多国籍企業がゆっくりと人々を殺そうとしている。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のワクチン強制に反対!」と書かれた横断幕を掲げる参加者ら。
スペインの首都マドリードで16日、新型コロナウイルス対策として政府が課したマスクの着用義務や制限措置に抗議するデモが開かれた。数百人が参加し、「自由を」などと訴えた。
陰謀論者や自由論者、ワクチン反対者といったさまざまな思想を持つ人々が参加し、「ウイルスは存在しない」「マスクは命取りになる」「われわれは恐れない」などと書かれた手製のプラカードを掲げた。
スペイン北東部サラゴサ(Zaragoza)から参加した専業主婦のピラール・マルティン(Pilar Martin)さん(58)は、各国政府が人々の自由を抑制するために感染者数を誇張していると考え、デモに参加したと話した。
スペインでは法律により公共の場でのマスク着用が義務付けられているが、参加者の多くが着用していなかった。同国では3か月間のロックダウン(都市封鎖)が6月21日に解除されて以降、新規感染者が急増している。
今回のデモが行われたのは、ディスコの閉鎖や2メートル以上の対人距離を確保できない公共の場所での喫煙禁止など、政府が感染拡大抑止に向けた新規制を発表した2日後のことだった。

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(2020.8.17)
ブラジルのボルソナロ大統領やアメリカのトランプ支持者の多くの人々と同じように、欧州でもコロナウイルス騒ぎが政府、国際金融陰謀勢力の仕掛けた偽パンデミック(ニセ感染爆発)だと気づいた人が増え、それに対する抗議行動も次第に大きくなってきています。
コロナ騒ぎは世界マスコミと政府の仕掛けた、人々を弾圧して家畜化するための嘘っぱちのデタラメプロパガンダ。活動自粛やマスク着用、密になるな(ソーシャルディスタンスをとれ)、会話するな、消毒しろ……これら感染対策とされるものはすべてムダでしかありません。

皆さんの周りの人にも早く気づかせてあげてください。周りがダメでもあちこちにメールを送りまくるようなのでもいいんですよ。どんな方でも、出来ることはあります。
マスクは奴隷の象徴。皆さんも“人間”としての生き残りをかけて戦ってください。あなたの家が代々、人間として生き残っていけるか、それともノーナシ家畜に成り下がっていくか、それはあなた次第です。日本人の多くがそう気づくまで、このコロナの空騒ぎに終わりはありません。

ドイツではコロナウイルスは政府による捏造だとする数万人規模(数十万人とも言われています)の抗議デモが起きています。壮大なコロナ馬鹿騒ぎの虚構がこのように暴かれてきていることについて、日本のマスメディアでは一切報道されていません。Googleの検索、YouTubeの動画弾圧もひどい状況であり、皆さん一人一人のアクションにかかっています。

ドイツ ベルリンでの、マスク着用など生活統制(ニセ新型コロナ対策)に対する大規模抗議デモ(2020.8.1)

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コロナ対策に抗議、デモで警察官約45人負傷 独ベルリン2020.8.3 AFP
ドイツの首都ベルリンで週末、新型コロナウイルス対策の制限措置への抗議をはじめとするデモが相次ぎ、警察官約45人が負傷した。警察が明らかにした。少数のデモ参加者は2日にも再び集まった。
デモ参加者の多くはマスク着用やソーシャル・ディスタンシング(対人距離の確保)を守っておらず、新型ウイルスの感染抑制のための規制に違反した人への罰則強化などを求める非難の声が巻き起こった。
1日には新型ウイルス対策の制限措置に抗議する「自由の日」と名付けられた大規模なデモがあり、2日の警察発表によると計133人が逮捕された。「自由の日」のデモには極右から極左団体、陰謀論者などおよそ2万人が参加。そのほとんどが鼻と口を覆うものを着用しておらず、同国で義務付けられている1.5メートル以上のソーシャル・ディスタンシングも守っていなかった。
デモ隊は「私たちが第2波だ」と叫びながらブランデンブルク門(Brandenburg Gate)に集結。「抵抗」を求め、新型ウイルスの流行は「最大の陰謀」だと主張した。
映像はベルリンで1日に行われたデモ。
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欧州、広がる反マスク 「自由の侵害」と反発―新型コロナ2020.8.10 時事通信
「マスクを外そう」と書かれたプラカードを手に行進するドイツの反マスクのデモ参加者

新型コロナウイルスの感染が再び拡大している欧州で、政府のマスク着用義務化に反発する動きが広がっている。賛同者の多くは「ウイルスを防ぐ効果はない」と主張し、ドイツや英国でデモを実施。フランスでもデモ開催が呼び掛けられており、当局は警戒を強めている。
マスク反対派の多くは、マスクを着用するかどうかは個人の自由だと主張。「暑い」「息ができない」などの理由も挙げる。
ベルリンでは今月1日、約1万7000人がマスクを着けずに、「われわれの自由が侵害されている」などと書かれたプラカードを掲げて行進。参加した男性はロイター通信に、「私たちを奴隷にするマスクは消え去るべきだ」と訴えた。
独連立政権の一翼を担う社会民主党のエスケン共同党首はツイッターで、「彼らは私たちの健康だけでなく、パンデミック(世界的流行)対策の成功までも危険にさらしている」と懸念を表明した。
パリでも同様のデモがインターネット交流サイト(SNS)を通じて呼び掛けられている。仏メディアによれば、「マスクがウイルスから守ってくれるという考えは、水着を着て水に入れば体がぬれないという考えと同じだ」と主張する人の動画がSNS上で拡散された。
政府に対する不信感もマスク反対の大きな理由の一つだ。マクロン仏政権は感染拡大当初、「マスクは感染防止に意味がない」と述べ、品不足に対する国民の不満をかわしていた。しかし、その後は、公共交通機関や屋内の店舗でのマスク着用を義務化。パリ市をはじめ、人が多く集まる場所では屋外でも義務化する自治体が増えている。
マスク反対派の弁護士は今月、仏メディアに「政府の言うことは一貫しておらず、信用できない」と吐き捨てるように語った。
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マスク戦争勃発? なぜアメリカ人はマスクを嫌がるのか 2020.7 時事通信
ワシントン州が公の場での住民のマスク着用を義務付けたことに反発し、抗議する人々(2020.6.27 米ワシントン州バンクーバー)

・・・筆者が住むカリフォルニア州オレンジ郡では、ショッピングモールや映画館、バー、フィットネスジムなどの営業が次々に許可され、経済活動が急ピッチで再開してきた。
同時に、コロナ感染拡大を抑えるため、郡政府は店内や職場、さらに6フィート(約180センチ)以上のソーシャルディスタンスを取れない場所ではマスクや布で顔を覆うよう義務付けた。
しかし、一部の住民がこれに強く反対。郡議会に詰めかけるだけでなく、マスク着用を発令したニコール・クイック公衆衛生長官の自宅前でも抗議デモを行った。
議会で発言したある抗議者は、マスクによって酸欠状態になるといったネットで拡散する情報を基に健康被害を主張。
「人がハエのようにバッタバッタと倒れ出したら、あんたを殺人罪で起訴するよう検察に申し立てる」とクイック氏を脅した。
ストレスに耐えきれなくなったクイック氏は辞任した。郡はマスク着用令を撤回したが、その後すぐに感染拡大を危惧するギャビン・ニューサム知事が州全体に同じような命令を出した。ただし、反発は根強く、オレンジ郡の保安官は、マスク着用は個人の責任であるとし、取り締まりは行わないと明言している。
こうしたマスクをめぐる争いは、人々が外出するようになり、アメリカ各地に広がっている。・・・

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◆デタラメ科学が蔓延る現代。存在しないコロナウイルスの脅威

◆誰にでも出来ることがあります。新型コロナウイルス騒動の嘘っぱちに気づいた皆さん、コロナ騒ぎの欺瞞を一人でも多くの方に広めていただけませんか?

◆オンライン化反対の声をあげてください。“恐怖の新型コロナウイルス”は虚構であると、大橋眞教授の語る真実をあらゆる手立てを使って拡散してください。

◆マスコミ牛耳る国際金融勢力に飼い慣らされ、家畜と化す道を突き進む日本 ~ 嘘つきマスコミに乗せられず、謀略仕掛ける国際金融勢力と戦って自由な人間として生き残りたがっているブラジル

◆マスクは危険! “新しい生活様式”を受け入れると日本社会は壊滅! 政府とメディアによるデタラメプロパガンダ“新型コロナウイルス”洗脳から早く解かれましょう。

◆製薬会社や電通とグルになって日本壊滅図る厚生労働省、政府。ボロ儲けしているクズ政治家、役人ども

◆新型コロナウイルス騒ぎはデタラメの虚構! コロナ対策なんて一切無用!

◆新型コロナウイルスなんて存在しません! あるのはメディアウイルス! 政府とメディアが騒いで恐怖を植えつけ、人々に行動統制を強制していることに気づいてください!

◆朝鮮ユダヤ Google / YouTubeによる情報統制と言論弾圧 ~ 巨大企業の寡占(独占)により、バックボーンのない個人の発信するものは完全に無視・無力化され、マスメディアか、ネットを支配統制する勢力によって与えられた、発言が広く公開される資格を持つ有名人や芸能人など民衆扇動役に関わる者しかオモテに出れなくなった。そして個人の活動履歴情報はすべて抜きとられている

◆コロナウイルスで大騒ぎして国民を困窮の極みに追い込み、コロナ対策称する国のカネでボロ儲け、人間のクズの集まった政治家どもと朝鮮畜生 電通

◆コロナ馬鹿騒ぎは国民を苦しめて国民の生活と業務を強権的に弾圧する共産主義的な統制社会に向かうための人間家畜化飼いならしの予行

◆コロナ詐欺の糾弾。和楽器バンド HEAVENESE がおもしろい。

◆ユダヤの靴を舐め、ユダヤにひれ伏す日本のTop of ゴイム 安倍総理大臣

◆現代の紛争や不可解な流行、ゴリ押し 行き着くところはユダヤ国際金融 ~ ユダヤ人や朝鮮人は被害者や弱者なんかではない

◆国旗、国歌だけあっても最低の入学式 ~ 追記 仕組まれたコロナウイルス騒ぎによるシナのシステム Zoom強制導入によるオンライン授業開始と9月入学制度

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この記事に対するコメント

  • PCR法を開発したキャリー・マリス博士自身「PCRは感染症の検査に使用するな」と言っているのに、PCR検査が世界標準となった事や、中国が発表した新型コロナのゲノムを、誰の精査もなくWHOが承認した事など、今回のコロナ騒動は、巨大製薬会社とDSが仕掛けた大いなる嘘、と私も思います。

  • 日本人の大人しさ、優しさ、和をもって尊し、とする長所が裏目に出て、デモ活動する人は今の日本では平塚軍団だけですね。(私が見つけられないだけなのか知れませんが)

    この貴重な灯火(ともしび)を絶やしてはいけません!支えましょう!

    実際に現地に行けない私は、明日3回目の寄付してきます。このブログと平塚さんのツイッターを、お客様や同業者に宣伝し続けております。暴力が怖いので女性の身でデモを企画する勇気はありませんので、せめて寄付と宣伝はいたします。

    3月からコロナ茶番のせいで法事のキャンセルが相次ぎ、商売上がったりでしたが、お盆は流石に「こんな時だからこそ、御先祖を供養したい」と皆さんお花買って下さり、今日はボーナス出ました。

    お盆は多忙でクタクタになりますが、今、ボーナスが出ない人もいる中、ボーナスがあたるという恵まれた自分だからこそ、少しでも今の自分にできることに力を入れなければ、とブログ見る度に気が引き締まります。

    女性で、子育てをしながら、編集長の経験を活かし、文才で以って、ブログを更新して下さるロデム様。

    男性で恵まれたルックスと音楽経験でカリスマ性を発揮し、企画・行動し、動画を更新して下さる平塚様。

    お二人ともも天から与えられた天賦の才を、公共のために使って下さっています。この徳の積み重ねはきっとご自身やご家族やご子孫への守りとなるでしょう!
    と、お坊さんなら言うと思います(*´꒳`*)
    偉そうにすみません(´-`)

    お二人とも世のため人のために動いて下さり、どれほど多くの人が救われていることでしょうか。感謝しても仕切れません!ありがとうございます!

  • 【才能 天賦の才 社会貢献 】 について
    【社会学者の内田樹様】が素晴らしい文章をネットで公開されていらっしゃるのでここでご紹介させていただきます。以下コピペです。

    才能の枯渇について

    2010-12-26 dimanche

    クリエイティヴ・ライティングの今年最後の授業で、「才能」について考える。
    天賦の才能というものがある。
    自己努力の成果として獲得した知識や技術とは違う、「なんだか知らないけれど、できちゃうこと」が人間にはある。
    「天賦」という言葉が示すように、それは天から与えられたものである。
    外部からの贈り物である。
    私たちは才能を「自分の中深くにあったものが発現した」というふうな言い方でとらえるけれど、それは正確ではない。
    才能は「贈り物」である。
    外来のもので、たまたま今は私の手元に預けられているだけである。
    それは一時的に私に負託され、それを「うまく」使うことが私に委ねられている。
    どう使うのが「うまく使う」ことであるかを私は自分で考えなければならない。
    私はそのように考えている。
    才能を「うまく使う」というのは、それから最大の利益を引き出すということではない。
    私がこれまで見聞きしてきた限りのことを申し上げると、才能は自己利益のために用いると失われる。
    「世のため人のため」に使っているうちに、才能はだんだんその人に血肉化してゆき、やがて、その人の本性の一部になる。
    そこまで内面化した才能はもう揺るがない。
    でも、逆に天賦の才能をもっぱら自己利益のために使うと、才能はゆっくり目減りしてくる。
    才能を威信や名声や貨幣と交換していると、それはだんだんその人自身から「疎遠」なものとなってゆく。
    他人のために使うと、才能は内在化し、血肉化し、自分のために使うと、才能は外在化し、モノ化し、やがて剥離して、風に飛ばされて、消えてゆく。
    長く生きてきてそのことがわかった。
    豊かな天賦の才に恵まれた多くの若者を見てきた。
    彼ら彼女らは若くからはなやかな業績や作品を生み出し、高い評価を受け、すてきなスピードで社会的なプロモーションを果たした。
    彼らは自分の才能の効率的な使い方については十分に知っていたが、「才能とは何か?」という一般的な問いを自分に向けることはあまりなかったようである。
    なにしろ、生まれたときからずっと才能があり、才能がいきいきと活動している状態が天然自然なので、あらためて自分の才能の構造や機能について省察する必要を感じなかったのである。
    それも無理はないと思う。
    でも、ある程度生きてくれば、現在自分の享受している社会的なアドバンテージのかなりの部分が「自己努力」による獲得物ではなく、天賦の贈り物だということに気づくはずである。
    それに対して「反対給付義務」を感じるかどうか、それが才能の死活の分岐点である。
    反対給付義務とは、この贈り物に対して返礼の義務が自分にはあると感じることである。
    贈り物がもたらしたさまざまな利得を自分が占有し退蔵していると「何か悪いことが起こり、自分は死ぬことになる」と感じることである。
    才能がもたらしたアドバンテージは「私有物」ではない。だから、返礼をしなければならない。
    ただし、それは「贈与者に直接等価のものを返礼する」というかたちをとらない。
    とりあえず相手は「天」であるから、返しようがないということもあるけれど、あらゆる贈与において、「最初に贈与した人間は、どのような返礼によっても相殺することのできない絶対的債権者である」というルールがあるからである。
    世界で最初に贈与した人間が「いちばんえらい」のである。
    その原初の一撃(le premier coup)はどのような返礼を以てしても償却することができない。
    それゆえ、返礼義務は「贈与者」に対して、債務の相殺を求めてなされてはならない。
    してもいいけれど、「贈与を始めた」というアドバンテージはどのような返礼によっても、相殺できないからやっても無意味なのである。
    この被贈与者が贈与者に対して感じる負債感は、自分自身を別の人にとっての「贈与者」たらしめることによってしか相殺できない。
    自分が新たな贈与サイクルの創始者になるときはじめて負債感はその切迫を緩和する。
    そのようにして、贈与はドミノ倒しのように、最初に一人が始めると、あとは無限に連鎖してゆくプロセスなのである。
    才能はある種の贈り物である。
    それに対する反対給付義務は、その贈り物のもたらした利益を別の誰かに向けて、いかなる対価も求めない純粋贈与として差し出すことによってしか果たされない。
    けれども実に多くの「才能ある若者」たちは、返礼義務を怠ってしまう。
    「自分の才能が自分にもたらした利益はすべて自分の私有財産である。誰ともこれをシェアする必要を私は認めない」という利己的な構えを「危険だ」というふうに思う人はしだいに稀な存在になりつつある。
    でも、ほんとうに危険なのである。
    『贈与論』でモースが書いているとおり、贈り物がもたらした利得を退蔵すると「何か悪いことが起こり、死ぬ」のである。
    別にオカルト的な話ではなくて、人間の人間性がそのように構造化されているのである。
    だから、人間らしいふるまいを怠ると、「人間的に悪いことが起こり、人間的に死ぬ」のである。
    生物学的には何も起こらず、長命健康を保っていても、「人間的には死ぬ」ということがある。
    贈与のもたらす利得を退蔵した人には「次の贈り物」はもう届けられない。
    そこに贈与しても、そこを起点として新しい贈与のサイクルが始まらないとわかると、「天」は贈与を止めてしまうからである。
    天賦の才能というのは、いわば「呼び水」なのである。
    その才能の「使いっぷり」を見て、次の贈り物のスケールとクオリティが決まる。
    天賦の才能を専一的に自己利益の増大に費やした子どもは、最初はそれによって大きな利益を得るが、やがて、ありあまるほどにあるかに見えた才能が枯渇する日を迎えることになる。
    前に「スランプ」について書いたことがある。
    スランプというのは「私たちがそれまでできていたことができなくなること」ではない。
    できることは、いつでもできる。
    そうではなくて、スランプというのは「私たちにできるはずがないのに、軽々とできていたこと」ができなくなることを言うのである。
    「できるから、できる」ことと、「できるはずがないのに、できる」ことはまるで別のことである。
    「できるはずのないことが、自分にはできる(だから、この能力は私物ではない)」と自覚しえたものだけが、次の贈与サイクルの創始者になることができる。
    自分は世のため人のために何をなしうるか、という問いを切実に引き受けるものだけが、才能の枯渇をまぬかれることができる。
    「自分は世のため人のために何をなしうるか」という問いは、自分の才能の成り立ちと機能についての徹底的な省察を要求するからである。
    自分が成し遂げたことのうち、「これだけは自分が創造したものだ」「これは誰にも依存しないオリジナルだ」と言いうるようなものは、ほとんど一つもないことを思い知らせてくれるからである。
    才能の消長について語る人があまりいないので、ここに経験的知見を記すのである。

    (2010-12-26 13:56)

  • なんと、ドイツでは百三十万人もの人々が巨大デモを起こしてコロナ渦中の我慢や混乱を打破するように訴えかけていました。流石はドイツ人。百三十万人という数字に着目すると改めて規模のデカさに驚かされる。
    よくコロナはただの風邪という人に対して陰謀論者という言葉が投げかけられるが自粛警察たる諸君は家庭内でもマスクはしているのだろうか?
    たとえ家族だろうと三密は感染リスクが高まりダメなはずだ。不要不急の際たる違法賭博パチンコや満員電車の状態はOKで三密はダメとは?問わんな理論、論理性なのだろうか?新しい生活様式などいらないんです。
    人間は肉体と精神が連動し合うことでこそより高み、高次元へと人生をよりよく送れる。悪趣味で気違いな悪魔の言うことなど聞く必要性すら感じ無いと思います。
    二メートル以上離れて三密避けてなんて、それこそが陰謀論。なんの根拠もないですよね。マトリックスみたいな超管理型社会で単に幻想を見せられて容器の中で生涯を終えるのなどまさに悪趣味以外の何者でもない。
    スペイン風邪も調べてみたら電磁波が原因だったとか今のNYでも5Gが原因で不良が出ているのではないかと言われてもいます。コロナ自粛派もコロナからの解放派もどちらも互いに論戦を繰り広げるのが良いですが私はやはりコロナ自粛、恐怖に怯えているだけの方が逃げていると結論付け、考えました。
    日本人の宗教はマスク教と言う偽りの神によってとって変わられている。この悪魔崇拝に対しては断固声を上げ革命や一揆を起こす覚悟で立ち向かわねばならないと思いますがまずは足元を守って情報を精査していこうと考えております。

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